第30回 「家のフェンスを背にしたあの場所」とは一体どの場所なのか

 
落合恵子の訳文は以下の通り。
「あの場所」 というのは一体どこを指しているのか落合に聞いてみたいものだが、こんなものは書いた本人も説明できないに違いない。

女たちは、従来、女の居るべき場所とされた台所や子ども部屋や家のフェンスを背にしたあの場所だけではなく、年代を越えて、公の場で話し合い、討論し合っている。(p.151)


原文は以下の通りである。

Women are talking to each other, not simply in private in the kitchen, in the nursery or over the back fence as they have done through the ages, but in public groups. (p.129) 


まず、著者は 「女の居るべき場所とされた」 などということは全く書いていない。だがこのフェミニストの翻訳者はたとえそれが他人の著作であろうとも、女はこれまでずっと家庭に閉じ込められてきたのだと声を上げずにはいられないのだ。それが落合恵子の正義や誠実さというものなのだろう。
 
次に 「家のフェンスを背にしたあの場所」 というおかしな訳文は単に日本語文として見ても意味がさっぱりわからない。「あの場所」 という思わせぶりな言葉は一体何のことだろうか。私は落合女史と昵懇の間柄であるわけではないので、「家のフェンスを背にしたあの場所」 とか意味ありげなことを言われても残念ながら察してやることができない。「あの場所」 などという何かを仄めかすような曖昧な物言いでどこを考えていたのか、このページを落合女史に見せて聞いてみたいものだ。もちろん何も考えていなかったに決まっているが。

落合は 《over the back fence》 という英文を 「家のフェンスを背にした」 と実に大胆にまた自由気ままに解釈しているが、これは 「フェンス越し、垣根越し」 ということなのであって、つまり 「フェンスを間に挟んだお隣同士のお喋りや会話」 を意味しているのだ。
《over the back fence》 が理解できず上手く訳せなかったため、落合は 「あの場所」 という原文と対応していない冗語を付け足して誤魔化したのだろう。
 
更に 「年代を越えて」 という表現も原文には存在せず、「討論し合っている。」 は言葉の調子を強め過ぎている。おそらく落合は 《through the ages》 という表現を 「年代を越えて」 と都合良く解したのだろうが、それは全くの間違いである。
女性たちの意識や運動はこうあらねばならないという願望が強すぎるために落合の思考は歪んでしまい、その結果このようなデタラメな訳文が出来上がっているが、これは全くそんな意味ではない。ここは 《as they have done through the ages》 という区切りで読むのであり、「女性たちが長い年月の間ずっとそうしてきたように」 といった意味だ。繰り返し言うが、とにかくわからない英文があったら持ち前の 「しなやかな感性」で訳すことはせずに、まず辞書を引くようにしてもらいたい。翻訳を行う人間の最低限の努めだ。


女性たちは、幾世代もずっとそうしてきた台所や子供部屋や垣根越しでの会話だけにとどまらず、公の集まりにおいても対話を行っている。

このように訳せるだろう。