にし貝の章の冒頭で、かつて 「やどかり」 がこの貝殻を住処にしていたのだと語られている。Gift from the Sea では貝殻が著者の思索の端緒となっているのだが、その姿形ばかりでなく、《Moon Shell》 や 《Argonauta》 のように貝の呼び名もまた著者に大きなインスピレーションを与えている。
「やどかり 」 は英語で 《Hermit Crab》 であり、そして《Hermit》 は 「隠者」 を意味する。このにし貝の章の原題は 《Channeled Whelk》 であり、この貝の名前は特に著者に与えるものが無かったようなのだが、その代り 《Hermit Crab》 がそれを住処にしていたということが大きく影響したのだと考えられる。
この章で語られているのは簡素な生活の大切さということである。 《Channeled Whelk》 の余分なものがない美しい形、そしてそこを住処とする 《Hermit Crab》、そこから著者は 「簡素な住まいに暮らす隠者」 というイメージを得たのに違いない。
著者は簡素な生活について語るのに 《saint》「聖人」 、《wise men》「賢者」 、《monk》「修道士 」 、《nun》「修道女」 といった類の宗教的な言葉を数多く用いている。そして 「やどかり」 もそのような言葉の一つだった。
《Hermit Crab, inhabiting a whelk shell.》 *1
*1:写真はSeashellGuide.com http://www.mitchellspublications.com/guides/shells/articles/0083/より。《Whelk》 の一種の貝殻から小さなやどかりの脚が覗いて見える。